寝る前の一話

夜眠る前に読むと心がほっこりするような短編を書くつもりです。

8話 1日1ヒーロー

キャプテンはひどく不服そうな面持ちでコーヒーカップを手に持っている。私は無言でそのカップにコーヒーを注ぐ。キャプテンもまた無言でそのコーヒーをすする。

 

窓から飛び出していったあと、しばらくしてキャプテンは私の部屋に戻ってきた。星座占いを見終えたあと、インターホンが鳴ったのでもしや、と思いながら玄関までいくとのぞき穴の向こうにはやはりキャプテンが立っていた。どうしてこの部屋が分かったのか聞くと、15階あたりから各部屋ごとにインターホンを鳴らしまくったらしい。非常に迷惑な男だ。私はため息をつきながらキャプテンを中へ招き入れた。キャプテンはなぜか両手にドーナツの袋を抱えていた。どうやらこの二階下に住んでいるおばあさんに貰ったらしい。迷惑な男だ。

 

「それで、本当に君は何も悩みがないというのかね」

 

キャプテンは少年のようなまっすぐな瞳を私に向けた。なにかに期待してワクワクしているような顔だった。しかし、私は「とくに何も」と首を振った。この押し問答のようなやりとりをもう5回は繰り返している。私の言葉を聞くやいなや、キャプテンは腕を組んで押し黙ってしまった。

 

本来なら今頃悪の帝王ギロチン博士を倒しにいっているはずの彼が、なぜいきなり一般市民である私の悩み相談を受けようとしているのか。それは今朝、私の窓から飛び出した後の出来事に起因している。色々と複雑な事情があるようなのだが、簡単にまとめると、キャプテンはこの世界では能力が制限されるらしく、空を飛べなくなってしまったらしい。そもそもこの世界のことをよく知らない彼は、どこへ向かえばギロチン博士のもとへたどり着けるのかがわからず諦めてしまったのだ。しかし、彼はヒーローである。ヒーローたるもの1日1ヒーローをしなければヒーロー失格、という謎の信念を持っており、身近にいて手頃な私から悩みを聞き出し、ヒーロー活動を行おうとしているのである。なかば強引に。

 

私は悩みがないでもないが、とてもヒーローに助けてもらうような悩みもないため、キャプテンの意向をやんわり拒否しているのだが、頑固な彼は私から悩みを聞き出すまで決して動こうとしない。はあ、と私はため息をつく。「すまぬが、もう一杯」とキャプテンが空のコーヒーカップを渡してくる。煩わしい。熱いコーヒーを注ぎながら、私はこの事態を打破するアイデアはないか思案していた。