寝る前の一話

夜眠る前に読むと心がほっこりするような短編を書くつもりです。

10話 キャプテンのときめき

 幸いにもマッスル飯田は生きていた。あの後すぐに救急車で運ばれていったそうだが、信じられないことにあれだけ吹き飛んだ彼はかすり傷で済んだそうだ。その証拠にマッスル飯田は今日も女子たちの黄色い歓声を背にサッカーの練習に打ち込んでいる。その様子を見てほっとした私は暗い気持ちで学校を後にした。

 

 家に帰るとやはりキャプテンはコーヒーを飲んで私を待っていた。いつの間にかコーヒーメーカーの使い方を覚えたようだ。

「おかえり!」

 キャプテンは白い歯をのぞかせて親指を立てた。私は玄関を指差したままじっと彼を見つめたが、キャプテンはその意図を汲み取れず怪訝な顔で玄関のほうをキョロキョロ覗き込んでいる。

「いい加減出ていきなよ」

 できるだけ突き放すような声で言うと、キャプテンはひどく傷心したような表情で私を見つめた。

「君に迷惑をかけているのは分かっている。しかし、私はまだヒーローらしいことを何もしていない。良かれと思ってあのサッカーボーイをぶっ飛ばしたのに、君は逆に私をぶっ飛ばしたしな!」

 キャプテンは恨めしそうな顔でコーヒーをすすった。この調子で彼は全く出ていこうとしない。このままでは私の家での穏やかな生活がぶち壊しになってしまう。どうにかこの男を出ていかせる方法はないものか。キャプテンがうちに来てから、私なりに色々と考えたのだが、おそらくキャプテンはあの不可解な図書館で借りた本から具現化して出てきている。ということは、帰るときも本の中なのでは?という至極まっとうな見解に至り、何度も本を閉じたり開いたりしたが彼にはなんの影響もなかった。どうにか物理的に解決できないかと思い、キャプテンを無理やり本の中に押し込もうとも試みたが、本は弾力のあるキャプテンの尻に押し返されるばかりだった。

「どうやったら出ていってくれるの?」

「何度も言っているが、私にヒーローらしいことをさせてくれ。そうすれば何か元の世界に帰れる糸口がつかめるかもしれん」

「それなら町を徘徊して困ってそうな人を助けたらいいじゃない。誰かの手助けを必要としている人なんていくらでもいるんじゃない?」

「むむ、それはもうやっているのだよ」

「え?」

「じつは、君が学校へ行っている間、重い荷物を持っているおばあさんを手助けしたり、車の下敷きになっていた男を助けたりしたんだよ」

「ヒーローっぽいことしてるじゃない」

 私の言葉を聞いてキャプテンは静かに首を振った。

「だが駄目なんだ。いくら人助けをしても何も変わらない。さすがの私も途方に暮れそうだが、何か思い当たることがあるんだよ」

 キャプテンはそう言うとコーヒーをすすった。

「思い当たること?」

「私の心は君を救いたがっている」

「はぁ?」

「感じるんだ。私が元の世界でヒーロー活動をしていたときに抱いていたときめきを。この人を救いたい!という強い思いだ」

「なにそれ」

「つまり、私は君を救うことで元に戻れるんじゃないかと思うんだ」

 キャプテンの言っていることはてんで意味がわからなかった。しかし、このままでは一向に事態が進展しないであろうことだけは分かった。私はひとつため息を吐き、意を決してひとつ頼み事をすることにした。