9話 マッスル飯田
彼は意外と聞き上手だった。
キャプテンの発する無言の圧力に耐えかねた私は、しぶしぶ悩みを打ち明けた。とはいってもある程度自分の中で処理できているレベルのものだけど。とくに理由があるわけではないけど、なんとなくキャプテンが私の世界に干渉するのは良くない気がしていた。
しかし、キャプテンの意外すぎるほどの聞き上手っぷりに転がされた私は、思わず先日の失恋について話してしまった。そこでようやくキャプテンは「うんうん、わかるよ、それで?」という永遠に人の話を引き出し続けられる言葉をやめ、こう言った。
「面白い。そのマッスル飯田とかいうやつに会いに行こうじゃないか」
それを聞いた私は自分の口の軽さを激しく呪った。
マッスル飯田は学校の校庭でサッカーの練習に励んでいた。気付けば時刻は4時をまわっており、放課後の部活動をしている時間だ。フェンスの向こうではマッスル飯田にゾッコンの女子たちが黄色い声を張り上げている。
「むむ、あやつがマッスル飯田か」
キャプテンは私の視線から何かを悟ったらしく、マッスル飯田を一発で見つけてしまった。
「おい、君!君!」
いきなり外国人のマッチョなおじさんに呼び止められたマッスル飯田は目を丸くした。
「な、なんですか?」
「君がふさわしい男かたしかめてやろう」
キャプテンはそう言うと、中指でマッスル飯田のおでこを弾いた。「ゔぉふぅえーー」とマッスル飯田はおよそ人間が発したものとは思えない悲鳴をあげて、反対側のゴールネットまで吹き飛んでいった。
啞然とする私の肩に手を置き、キャプテンは優しげに首を振った。「あんな軟弱な男にはコーヒー1滴ほどの価値もない。君の勝ちだ」
私はなるべく足の爪先がダイレクトに当たるようにキャプテンの股間を蹴り上げた。