寝る前の一話

夜眠る前に読むと心がほっこりするような短編を書くつもりです。

4話 チンの飼い主

「こんな立派な図書館、一体誰が作ったの?」

 

私は頭に浮かんだ疑問をそのまま猫に尋ねた。

 

「チンの飼い主だよ」

 

猫は前足を舌で舐めながら答えた。

 

「え、でもここは大昔に作られたって言ってなかった?」

「うん、作られたのは大昔だ。おそらく300年は経っているだろうね」

 

私は訝しそうに猫を見つめた。

 

「なら、君の飼い主は300歳ってわけ?」

「そうなるね」

「私をからかってるの?」

「いいや、嘘じゃないさ。ただ、今も生きていたらね」

 

猫はまるで飼い主が今も生きている可能性があるように話した。300歳だって?ありえない。死んでるに決まってる。私はそう思って猫に言おうとしたが、自分の腕の中で無邪気に毛づくろいをしている姿をみて言葉を飲み込んだ。

 

「それで」と猫は言った。「傘は貸してあげるし、服も好きなだけ乾かしていっていい。せっかくだから本も一冊借りていくかい?」

 

私は目の前に広がる本の海に圧倒されながら、ゆっくりと頷いた。

3話 物理が崩壊している図書館

「物理が崩壊している図書館」
 外観の割に中はとても広かった。玄関に入ると目の前は大きなホールになっていて、中央には2mほどの中世と思われる格好をした男の彫刻が鎮座している。その両脇からは階段が伸びていて二階へと続いている。床はバロック調のデザインをあしらった大理石が敷き詰められ、天井にはきらびやかなステンドグラスでできたシャンデリアが吊ってある。まるでどこかの神殿にでも迷い込んでしまったかのようだ。壁一面に並べられている大量の本たちを見て、ようやくここが図書館らしきものであるということが分かった。


 「なんて・・・素敵なの」


 私はその荘厳な光景に思わず見とれてしまっていた。まるで何かの物語にでも出てきそうな雰囲気だ。でも、と私は思った。こんな小さな町の、しかもはずれの方になぜこんな豪勢な建物があるのか。いや、建物自体はこんなに大きくなかったはずだ。外からみたときはこぢんまりとした印象で、中にこんな広大な空間が広がっているとは想像もできなかった。物理やら何やらが間違いなく欠落している。一言でいえば”ありえない”。室内の面積は外観に比べ10倍以上はあるように思える。それに、この建物にはもう一つ大きな違和感がある。なぜここまで立派な図書館を町の誰一人として知らないのだろうか。この小さな町ならすぐに噂は広まるだろう。観光客だって来るかもしれない。

 しかし、私は今日に至るまで町のはずれに図書館があるなんて聞いたこともなかった。ましてやこんな素敵な図書館があるということを。もしや最近新しくできたのだろうか、と思ったがどうもそうではないらしい。建物の外観や中の雰囲気を見ても少なくとも建築から50年は経っていそうだ。よく見てみると、大理石や柱はかなり年季が入っている。
 「一体なんなのここ」
 「ここは」
 私の腕の中でも幸せそうにもぞもぞしていた猫が話しだした。「ここはにゃんこ文殿。大昔に作られた図書館さ。」

2話 自分のことをチンと呼ぶ猫

「自分のことをチンと呼ぶ猫」


 ゆっくりとドアが音を立てて開いた。隙間から2つの青い瞳がこちらを覗いている。なんだかおかしい、と私は思った。なぜなら、目の位置が異様に低いからだ。私の膝くらいしかない。そしてなにより、その縦長に筋の入った瞳は猫のものであったからだ。「チンになんのようだ?」それは喋った。私は思わず叫んで逃げ出そうかと思ったが、ずぶ濡れの体をどうにかしたいという気持ちがギリギリで勝った。通常の人間であれば目ん玉が飛び出てうっかりそれを置き去りにして逃げ出すような事態だろうが、そもそも私は滅多なことでは驚かない質なのだ。


「あ、突然すみません。見ての通りこんなお天気ですのに私ったら傘もささずにここまで来てしまったんです。」


 猫は目を細めて少しだけ顔を傾けた。私のことをかなり怪しんでいるようだ。そりゃそうだ。雨の日にこんな街のはずれまで傘もささずにやってくるなんて正気の沙汰ではない。突然のスコールならまだしも、この雨は今朝からずっと振り続けている。「それで、その、できれば雨宿りさせてもらえないかなーと思いまして。」なるべくしおらしく交渉してみる。猫はまだ目を細めてこちらをじっと見つめている。それから10秒ほど気まずい沈黙が流れたあと、猫は首を振った。「なんでチンがお前のような人間に親切にしなければならないのだ。」そう言って猫はドアを閉めようとした。私はヤバいと思い必死でなにか猫に刺さる言葉がないか思考を巡らせ、無我夢中でさけんだ。


「違うんです!マッスル飯田くんが、彼が悪いんです!私は彼を好きだったのに彼は私を見ていなくてそれどころか違う女と乳繰り合っててそれでわれを忘れて飛び出したら気づいたらここにいたんです!あなたはこんないたいけで健気で傷心中の女の子を見捨てるっていうんですか?」自分が何を言っているのかもはや理解不能だったが、もっと不可解だったのは自分の言動よりも行動のほうだった。私は気づけばドアをむりやりこじ開け猫を抱きかかえていた。そしてつい自分の飼い猫であるペレットにいつもするように喉元をなでた。「お願いです!雨宿りと、そしてあなたに少しでも良心があるならミルクたっぷりのココアを一杯!」ここまで言って私はようやく我に返った。「は、すすすみません!」慌てて猫を見ると、彼はまるで天に昇るような幸せそうな表情をしていた。そして息を切らしながら私にこう言った。

 

「もっとぉ!」

1話 土砂降りの日にしか現れない図書館

5/25「土砂降りの日にしか現れない図書館」

 私の街のはずれには、土砂降りの日にしか姿を現さない図書館がある。
土砂降りというのは本当にその言葉の通りで、傘をさしていてもまるで海に飛び込んだように体がずぶ濡れになるような雨のことだ。この街にはずぶ濡れになりながらわざわざ街のはずれを目指す人はいないから、この図書館の存在をほとんどの人は知らない。私だってついこの間まで知らなかった。図書館の存在に気づいたのは奇妙なめぐり合わせというか、ほぼ事故のようなものだった。
 あの日、私は意中の異性であるマッスル飯田くんに彼女がいることを知り、嗚咽にも似た声で呪いのセリフを飯田くんに吐きながら校舎を飛び出していった。その後しばらく鬼の形相で街中をかけずり回ったのだが、土砂降りということもあり誰も私を気にかけるものはいなかった。「雨だけが優しい。雨だけが優しいね!」とドロドロになりながら狂気じみた感情を抱いていた私は、ふと見たことのない建物が目の前にあることに気づいた。こぢんまりとしているが、しっかり手入れの行き届いた洋館で、庭には様々な色のバラが雨に打たれて揺れていた。玄関のほうに何やら看板のようなものがある。目を凝らしてみると、そこには「にゃんこ文殿」と書かれていた。

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5/26「不思議なチャイム」
 「にゃんこ文殿? こんな建物あったっけ?」
 私は目の前にある建物に違和感を覚えたが、気がつけばずぶ濡れになっていた体をとにかく乾かしたい気持ちでいっぱいだった。だめ元でタオルを借りられないか聞いてみようか。もしくは傘でもいい。このままだと確実に風邪を引くことは目に見えていたので、私は意を決してチャイムを鳴らすことにした。
 にゃんにゃーん、にゃんにゃーん、にゃんにゃーん。
 なんだか聞いたことがないような音色のチャイムだった。チャイムというよりはもはや猫の鳴き声のようだ。面白いチャイムもあるものだ、と少し頬を緩めていると玄関先の電球がピカッと光った。お、住人が中にいたようだ。軽い足音がトトトトっと近づいてくる。子供だろうか。歩幅もかなり狭いように感じる。私は少しだけ緊張しながらもうすぐ開かれるはずのドアを見つめた。が、それからしばらくしてもドアは開かなかった。居留守を決め込んでいるのだろうか。先程まで聞こえていた足音も消えている。やれやれ、居留守を使うなら玄関の明かりはつけるべきではないし、慌ただしい足音も立てるべきじゃない。期待した私が馬鹿みたいじゃないか。そう思って帰ろうとしたとき、ガチャっとドアの開く音がした。